東京地方裁判所 昭和24年(ワ)715号 判決
原告 川本キミ
被告 長谷部半次郎 外一名
一、主 文
被告長谷部半次郎は原告に対し、東京都渋谷区千駄ケ谷四丁目七百五十六番地の一宅地二百二十五坪一合一勺中西側(正面道路より向つて右側)百六十坪のうち、同被告所有の木造木羽板葺平家一棟建坪十三坪五勺の敷地十三坪五勺を除いた百三十六坪九合五勺を明渡し、且右百三十六坪九合五勺に対する昭和二十一年二月一日より昭和二十三年十月十日迄一坪につき一ケ月金三十七銭八厘、昭和二十三年十月十一日から昭和二十四年五月三十一日迄一坪につき一ケ年金十七円二十銭、昭和二十四年六月一日から昭和二十五年七月三十一日迄一坪につき一ケ月金三円三十三銭、昭和二十五年八月一日からその明渡済迄一坪につき一ケ月金八円三十三銭の割合の金員を支払え。
被告正木益次郎は原告に対し前項記載の宅地二百二十五坪一合一勺中東側(正面道路より向つて左側)六十五坪の地上に存する木造木羽板葺平家一棟建坪十坪を收去して右六十五坪の土地を明渡し、且右六十五坪に対する昭和二十年七月一日から昭和二十三年十月十日迄一坪につき一ケ月金三十七銭八厘、以後その明渡済迄前項の記載と同率の金員を支払え。
被告長谷部半次郎に対する原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用(調停費用を含む)のうち、原告と被告長谷部半次郎との間に生じたものは之を十分しその一を原告の負担、その余を被告長谷部半次郎の負担とし、原告と被告正木益次郎との間に生じたものは被告正木益次郎の負担とする。
原告に於て金三万円の担保を供託するときは第二項の部分を仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告長谷部半次郎は原告に対し主文第一項記載の宅地百六十坪を、その地上にある同項記載の建物を收去して明渡し、且右百六十坪に対する昭和二十一年二月一日から明渡済迄同項記載の如き割合の金員を支払え、被告正木益次郎については主文第二項同趣旨、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、主文記載の宅地二百五十坪一合一勺は原告の所有であるが、被告長谷部半次郎は昭和二十一年二月一日から右宅地のうち主文第一項記載の西側百六十坪の地上に同項記載の建物を建築所有し、被告正木益次郎は昭和二十年七月一日から右宅地のうち主文第二項記載の東側六十五坪の地上に同項記載の建物を建築所有し、夫々右土地を無権原で占有して、原告の所有権を侵害し、右占有開始以来相当賃料と同額の損害を原告にこうむらせているものである。右の相当賃料は昭和二十三年十月十日迄は旧地代家賃統制令施行規則(昭和十五年十月十九日厚生省令第四七号)第四条、第五条により土地価格、即ち渋谷区に於ては賃貸価格に二十四を乗じた価格(昭和二十二年二月十九日物五第二三二号物価庁第五部長より各地方長官宛通牒参照)に、地方長官の定むる率、即ち東京都に於ては四分二厘を乗じた金額を以て一ケ年分の適正賃料とせるものであつて、右宅地の一坪当り賃貸価格は金四円五十銭であるから右の算定方法によれば一ケ月一坪当りの適正賃料は金三十七銭八厘である。昭和二十三年十月十一日から昭和二十四年五月三十一日迄の適正賃料は昭和二十三年十月九日物価庁告示第一〇一二号に基く統制地代の修正により一坪当り一ケ年金十七円二十銭、昭和二十四年六月一日物価庁告示第三六八号に基く統制地代の修正により同告示の掲げる五十九級にあたる右土地の適正賃料は同日より昭和二十五年七月三十一日迄一坪当り一ケ月三円三十三銭、昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号に基く修正により昭和二十五年八月一日以降の適正賃料は一坪当り一ケ月金八円三十三銭である。よつて被告等に対し夫々その地上建物を收去して上記占有せる土地の明渡を求めると共に、その占有以来右土地明渡済迄右の割合による相当賃料同額の損害金の支払を求める為本訴請求に及んだと述べ、被告の主張事実中、原告が被告主張の日に被告長谷部半次郎の妻長谷部君子に被告主張の家屋をその主張の賃料で賃貸し、右家屋が被告主張の日に罹災して焼失したこと、被告主張の日に被告両名から夫々その占有地につき賃借の申出のあつたことは認めるがその余の事実は之を争う。被告両名は罹災建物の滅失当時の居住者でないから戦時罹災土地物件令第四条第一項の権利を取得するわけがなく、従つて被告等のなした賃借の申出は無効である。原告は被告等が罹災建物の居住者でないとの理由を以て即日右申出を拒絶したものであり被告等が賃借権を取得するいわれはないと述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の宅地二百二十五坪一合一勺が原告の所有であること、被告等が夫々原告主張の日から原告主張の地上にその主張の如き建物を建築所有して右土地を占有していることは認めるが、その余の原告主張事実は之を争う。
被告長谷部半次郎の妻長谷部君子は昭和十九年五月二十五日被告長谷部の占有地上に原告が所有していた木造瓦葺平家建家屋一棟建坪十六坪を賃料一ケ月二十五円の約束で原告から賃借して居住していたところ、右家屋は昭和二十年五月二十六日戦災により焼失した。被告長谷部は当時応召中で同年十二月二十二日復員して帰宅したものであるが、戦時罹災土地物件令第四条の建物滅失当時の居住者というべきものであつて、被告長谷部は仮設建物たる本件家屋所有の目的を以て原告主張の日から本件占有地の使用をなしよつて同条第一、二項により右土地につき賃借権を取得した。そして昭和二十三年九月十三日被告長谷部は罹災都市借地借家臨時処理法第三十二条、第二項に基き右占有地の賃借の申出をしたところ、原告は三週間内に拒絶の意思表示をしなかつたから同年十月五日賃借の申出を承諾したこととなつて右土地につき賃借権設定の効力を生じたものであり、被告長谷部は爾来右賃借権に基き正当に右土地を占有しているものである。
被告正木は昭和二十年三月末日前記長谷部君子の賃借家屋の八畳一室を原告の承諾の下に転借して之に居住していたもので前記物件令第四条の建物滅失当時の居住者であつて、仮設建物である本件家屋所有の目的を以て本件占有地の使用をしていたのであるから、右物件令施行と共に同令第四条第一、二項による賃借権を有し、なお被告長谷部と同日前記処理法の法条に基き之が賃借の申出をしたところ、原告は三週間内に拒絶の意思表示をしなかつたから同様十月五日賃借の申出を承諾したこととなつて賃借権設定の効力を生じ、右賃借権に基き本件土地を正当に占有しているのである。なお前記物件令施行前に於ても、被告正木の所有家屋の敷地を含む右六十五坪は、長谷部君子が前記家屋の賃借と同時に賃料一ケ年三百円の約束で使用の目的を定めず原告から賃借していた関係から、長谷部君子より之を転借して本件家屋の敷地として使用したものであり不法占有ではない。そして仮に始めに述べた賃借権の主張が理由なしとしても、右六十五坪については右転借権に基いて占有しているものであるから不法占有の責はないと述べた。<立証省略>
三、理 由
(一) 被告長谷部半次郎に対する請求について。
本件土地が原告の所有であること、被告長谷部の建物所有及び土地占有に関する事実は当事者間争いがない。
よつて右占有が正権限に基くものなりやの点を考えるに、被告長谷部の妻長谷部君子が昭和十九年五月二十五日、被告長谷部の占有地上にもと原告の所有していた建坪十六坪の家屋を賃借して居住していたところ、右家屋が昭和二十年五月二十六日戦災により焼失したことは当事者間に争がない。被告長谷部半次郎の本人訊問の結果によれば、被告長谷部半次郎は当時応召不在中で同年十二月二十二日復員して帰宅したものである。それでは被告長谷部は罹災土地物件令第四条第一項にいわゆる建物滅失当時の居住者と言い得るのであるか。
思うに夫婦は法律上同居の義務があるのみならず事実上も同居するのを通常の事態とする。夫婦が別居して各別に生計を営み居住者をその一方に限定したような特別の場合は格別、同居生活を営んでいる夫婦にあつては夫婦のいずれの一方が家屋の賃借人であつても他の一方は賃借人たる配偶者の賃借権に基いて賃借家屋に居住し得るのであり、且之に居住するを常とするのであつて、かかる配偶者が当該家屋の居住者たることはいうまでもなく、たまたま応召不在中なりとしても之を居住者に非ずとなすは正当でない。被告長谷部半次郎の本人訊問の結果によれば、被告長谷部半次郎夫婦はもともと同居生活を営んでいたものであることをうかゞい得るのであり、他方右家屋賃貸借の際その居住者を特に君子のみに限定した事実も認められない点から考えると、たとえ右家屋の賃借人が妻君子であり、当時被告長谷部が不在であつたとしても、被告長谷部は前記物件令第四条の適用に関しては建物滅失当時の居住者と解するのが相当である。而して成立に争のない甲第四号証及び被告長谷部半次郎本人訊問の結果によれば、被告長谷部は仮設建物たる本件家屋所有の目的の為右占有地の使用をなしたものであることを認め得るから、被告長谷部は同条第一、二項により前記罹災建物の敷地につき賃借権を取得したものというべきである。
而して被告長谷部が昭和二十三年九月十三日原告に対し右占有地につき賃借の申出をしたことは当事者間争のないところである。原告は、即日、被告長谷部が滅失建物の居住者でないとの理由で之を拒絶したと言い、被告は拒絶の意思表示がなかつたと言うのであるが、原告の拒絶の理由が理由なきものであることは前説明により明らかであり、何れにしても申出後三週間の満了した同年十月五日原告に於て右賃借の申出を承諾したものとみなされ被告長谷部の為罹災都市借地借家臨時処理法第三十二条、第二条に基く賃借権が設定されたものと認むべきであつて、且右賃借権設定の効力は賃借申出の当日に遡及して生じたものと解すべきものである。但し賃借権の設定された土地の範囲は前記物件令第四条第一項処理法第二条により明らかなように滅失した建物の敷地を出でないところ、甲第四号証及び被告長谷部半次郎の供述によれば、被告長谷部の建築した家屋が右滅失した家屋の敷地上に存することはほぼ之をうかがい得るけれ共右敷地のその余の部分が本件占有地の何れの部分に該当するかについて被告は何等之を確認するに足る立証をしないから借地権設定の土地の範囲は現存建物十三坪五勺の敷地たる十三坪五勺となすの外はない。
即ち被告長谷部は右十三坪五勺の土地については右認定の賃借権に基き之を占有し得べき権限あるものであるから、右の部分に対する原告の土地明渡並に損害金の請求は失当たるを免れないが、その余の土地については占有の権限はないのであるから被告長谷部は原告に対し之を明渡す義務があると共に、右占有による所有権侵害の結果原告が相当賃料と同額の損害を蒙つていることは明らかであるから右損害をも賠償すべき義務あるものであつて、その相当賃料は、成立に争のない甲第八号証により明らかな本件土地の坪当り賃貸価格が金四円五十銭であること、原告主張の如き計算方法(この計算方法の妥当なることは当裁判所に顕著である。)によつて原告主張の通りであることが認められるから、この部分の原告の請求は正当として認容すべきものである。
(二) 被告正木益次郎に対する請求。
原告の本件土地所有者なること、被告正木の建物所有及び土地占有に関する事実は当事者間に争がない。
よつて占有権限の有無につき考えるに、被告長谷部半次郎の妻長谷部君子が原告所有家屋を賃借していたところ、右家屋が罹災して焼失した事実は前に記した通りである。而して被告正木益次郎本人訊問の結果によれば被告正木は昭和二十三年三月末強制疎開の為住居を失い前記長谷部君子の賃借家屋の八畳一室を間借して右罹災に至る迄之に居住していたものであることを認め得る。右間借につき賃貸人たる原告の承諾のあつたことについては之を認めるに足る証拠はないけれども、右の如き間借は当時の状況からして、賃貸人の承諾の有無を論ずる迄もなく何人も容認せざるを得ない、いわば違法性を帶有しない転借であつて、罹災者の当座の応急的な住居の設定をはかることを趣旨とした罹災土地物件令第四条第一項の規定の適用上からは、かかる間借人も同条項の滅失建物の居住者として仮設建物所有の為の賃借権を取得し得べきものと解するを相当とするのであるが、右賃借権の目的となる土地は罹災建物の敷地以外にわたるを許さないこと又同条項により明らかである。甲第四号証及び原告本人訊問の結果によれば、被告正木の建築所有せる本件家屋は罹災建物の敷地と全然別個の土地に存しその占有地は前記条項により賃借権の目的となり得ない土地であることが明らかであるから、被告正木は右物件令第四条第一項によるも本件占有地に賃借権を有するものでなく、罹災都市借地借家臨時処理法第三十二条、第二条に基く賃借権設定の申出をなし得べき権利もないのであるから、被告正木はその主張するような理由によつては右土地につき賃借権を取得することを得ない。又その占有地六十五坪についての賃借人長谷部君子から転借したとの主張については、被告長谷部半次郎のこの点に関する供述は証人島酒英子、原告本人の各供述に照し措信し難いところであり、右土地を長谷部君子が賃借していたとの事実は之を認めることができないから、仮に君子から転借したにせよ原告に対抗し得べき何等の権限も生ずるわけではない。
要するに被告正木に占有の正権限あることは之を認めることができないから、被告正木はその所有家屋を收去して占有せる土地を原告に明渡し、且所有権侵害により原告のこうむつている相当賃料と同額の損害を賠償すべきものというべく、その相当賃料が原告主張の通りであることは前に被告長谷部について認定したところと同一であつて原告の被告正木に対する請求は全部正当として認容すべきものである。
(三) よつて訴訟費用(調停費用を含む)の負担につき民事訴訟法第九十二条、被告正木に対する仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文の如く判決した。なお被告長谷部に対する仮執行の申立は適切ならずと認め却下する。
(裁判官 北村良一)